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大阪地方裁判所 平成元年(ヨ)1264号 決定

申請人

定森清憲

右代理人弁護士

片山久江

被申請人

定森紙業株式会社

右代表者代表取締役

定森健

右代理人弁護士

中西清一

小林俊康

佐藤裕己

松田敏明

主文

一  被申請人は、申請人に対し、平成元年四月一日から平成二年六月三〇日まで毎月末日限り一か月金三八万円の割合による金員を仮に支払え。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用は、これを三分し、その一を申請人の、その余を被申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、平成元年三月二七日以降一か月三八万円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は、被申請人の負担とする。

第二判断

一  まず、本件疎明と審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  被申請人は、和洋紙業並びに紙製品の販売を業とする会社であるが、申請人の母定森冨士栄が代表取締役社長、兄定森健が代表取締役専務取締役をしている。

2  申請人は、昭和五二年二月に被申請人に入社し、営業関係の事務を担当して勤務してきた。

3  被申請人は、申請人に対し、平成元年三月二五日に同月分の賃金を支給した際、解雇を申し渡した。被申請人は、そのさい解雇理由を具体的に明らかにしなかったが、その後平成元年五月一七日付書面(同月一八日ごろ申請人に到達)により、被申請人の就業規則四三条に定める次の(1)、(2)、(3)に該当する事由があるとして、同年三月三一日付で申請人を懲戒解雇する旨を改めて申し渡した。

(1) 会社(被申請人)の同意なく在職のまま他に勤務したとき(就業規則四三条五号)

(2) 職場又は地位を利用し不当の金品その他を得、又は得んとしたとき(同条七号)

(3) 許可なく職場の金品を私消したとき、又は持ち出し持ち出さんとしたとき(同条一〇号)

4  平成元年三月当時の申請人の賃金の額は、一か月三八万円の定額である。

二  そこで、申請人に被申請人のいう懲戒解雇事由があるかどうかについて検討する。

1  解雇事由(1)について

疎明によると、申請人の妻が「三幸紙業」の商号で被申請人と同種の営業をしており、申請人も三幸紙業の営業に関与していることが一応認められる。しかし同時に、疎明と審尋の全趣旨によれば、被申請人においては、昭和六一年八月ごろには、三幸紙業が存在しその営業に申請人が関与しているらしいことに気づいていながら、解雇申渡時までの約二年八か月間、三幸紙業の営業に申請人がどの程度関与しているかを確かめたり、その関与していることをとがめたりしたことはなく、むしろ三幸紙業の存在を黙認してきたことが一応認められる。

なお、申請人が個人または三幸紙業の名で被申請人の取引先と被申請人に損害をこうむらせるような内容の取引をし、あるいは、被申請人とその取引先との間に紛争を生じた際、申請人が被申請人のためにその紛争を適切に処理することもせずにその取引先と申請人個人または三幸紙業の名で取引しようとするなど、申請人が被申請人とその得意先との円滑な取引を害して申請人ないし三幸紙業の利益を図り被申請人には損害をこうむらせたというような、解雇事由(1)の点に関して被申請人の主張にそう事実は、疎明を総合してもこれを認めることはできない。

2  解雇事由(2)、(3)について

被申請人主張の「金万」に対し、申請人が被申請人の営業担当職員として被申請人において予め設定した価額をこえる金額で商品を販売したことがあることは、疎明によって認められるが、販売価額と設定価額との差額を申請人が被申請人に入金せずに着服して領得したことは、疎明を総合しても認められない。

さらに、被申請人は(疎明略)(売上伝票)をもとに、申請人が売上伝票に打刻した単価より高額の単価で商品を販売して差額を着服した旨を主張する。(疎明略)によると、各売上伝票に打刻された販売単価と別にそれより高額の単価が手書きされていることが明らかであるが、それ以上に、申請人が(右手書きの単価かどうかは別として)右打刻された単価をこえる単価で商品を販売したこと、また申請人が右打刻された価額と実際の販売価額との差額を被申請人に入金せずに着服して領得したことを、具体的にうかがわせる疎明はない。疎明と審尋の全趣旨によれば、右売上伝票は被申請人がその会計事務を処理するうえで日常検閲しているものであり、その伝票の記載等から申請人が伝票打刻の価額より高い価額で商品を販売したことが被申請人に明らかになったとすれば、差額が被申請人に入金されていないことも当然明らかになっているはずであるのに、右(疎明略)の売上伝票が発行された約半年の期間においても、その後解雇申渡時までの間においても、被申請人が申請人に入金洩れないし着服の事実を指摘してこれをとがめたことはなかったことがうかがえる。被申請人主張のような着服の事実は認めがたいといえる。

もっとも、被申請人主張の「萩原たばこ」に対する被申請人の平成元年三月七日の七五〇〇円、同月一五日の九七五〇円の商品販売代金を申請人が集金しながら、そのうち九七五〇円の分を被申請人に入金しなかったことは、申請人の自認しているところであり、疎明によってもその事実が認められる。しかし、疎明によると、右二回の売上げは、いずれも、それぞれの売上伝票ないしこれに対応する入金票(〈疎明略〉)に明記(打刻)されたとおりの金額で行われており、そのうちの一通分(〈疎明略〉)九七五〇円の被申請人への入金がないことは当初から伝票上に明らかになっていることであり、したがって申請人が九七五〇円を集金しながら被申請人に入金しないでいることもやがて被申請人にわかることであることがうかがえる。右のようないわば単純な被申請人にすぐ知れる方法で申請人が九七五〇円を着服して不法に領得したというためには、不法領得の意図を推測させるような事情のあることが必要というべきであるが、疎明を総合しても、そのような事情のあることはうかがえず、むしろ疎明によれば、申請人は、九七五〇円を集金したのち、解雇を申し渡されるまでの間、集金の事実を隠そうと画策するような様子もなく、平常どおり勤務していたことがうかがえる。右各事情によれば、前記三月一七日には申請人は七五〇〇円の領収書、入金票を用意して集金に赴いたが、その際急に先方の申出により九七五〇円の支払もうけたのに、所持していた入金票が七五〇〇円のものだけであったため、誤って七五〇〇円だけを被申請人に入金し、九七五〇円の入金を失念したままにしてしまった旨の申請人の弁解(〈疎明略〉)も、まったく首肯できないものではなく、少なくとも、不法領得の意思を推測することはできないというべきである。

ほかに申請人に解雇事由(2)、(3)に該当する事由のあることをうかがわせる疎明はない。

3  以上によれば、申請人が「三幸紙業」の営業に関与したことは、形式的には解雇事由(1)に該当するようであるが、被申請人に黙認されてきたことであり、かつそのことによって被申請人に損害を及ぼしたとは認められないものであり、次いで、申請人が「萩原たばこ」から集金した九七五〇円を被申請人に入金しなかったことは、職務上守るべき義務を怠ったものではあるものの、申請人が着服(不法領得)の意図をもって入金しなかったとまでは認められないものといえる。ほかには、申請人に解雇事由(1)ないし(3)に該当する事由の認められないことは、前記のとおりである。

ところで、解雇が従業員に重大な影響を及ぼすことはいうまでもなく、解雇を有効とするには単に形式的に解雇事由に該当する事実があるというだけでは足りず、解雇を相当とするやむをえない事情があることが必要であるが、申請人の右「三幸紙業」及び「萩原たばこ」に関する行為は解雇を相当とするやむをえない事情に当たるものとはとうていいえず、他に解雇事由に該当する事情もないから、被申請人が申請人に対してした懲戒解雇は無効というほかなく、申請人は被申請人の従業員の地位を有するものということができる。

三  次に仮処分の必要性について判断する。

疎明と審尋の全趣旨によると、申請人には妻と未成年の子三名がおり、家族の生計は、三幸紙業の営業による妻ないし申請人の収入があるとはいえ十分なものではないため、相当部分を申請人が被申請人から得る賃金によって維持しており、現在賃金の支払を停止されているため、生活の維持にも困難をきたしていることが一応認められる。これによれば、申請人は、従業員としての地位に基づき、被申請人から前記認定の月額三八万円(定額)の賃金の仮払をうける必要があるといえる。

申請人は、さらに従業員の地位すなわち雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定めることを求めているが、疎明と審尋の全趣旨によれば、申請人とその兄である被申請人の代表取締役健との間に不動産をめぐる紛争(共有物分割請求訴訟)があることもあって、申請人は、今後ながく被申請人に勤務することはできないと考えており、別に生計の資を得る目途がつけば、近い将来に円満に退職してもよい意向であることが一応認められる。その他審尋の全趣旨によりうかがえる事情もあわせて考えると、本件においては、申請人に右のとおり賃金仮払を得させるのと別に、昇給、昇任等を含めて他の従業員とまったく同様の取扱いを被申請人から得させるまでの必要性はないということができ、したがって従業員の地位を仮に定めることを求める申請部分は、必要性を欠くといえる。そして、右諸事情を考慮すると、前記賃金の仮払は、平成元年四月一日から本決定時の約一年後の平成二年六月三〇日までの期間に限って、これを認めるのが相当であり、それ以降の仮払を求める申請部分は、必要性が認められないというべきである。

四  よって、申請人の申請は、被申請人に対し、平成元年四月一日から平成二年六月三〇日まで毎月末日限り月額三八万円の賃金の仮払を定める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は必要性の疎明がなく、これに代えて疎明を立てさせることも相当でないので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法九二条、八九条にしたがい、主文のとおり決定する。

(裁判官 岨野悌介)

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